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公演評/田中誠司舞踏公演『風のない子』by 長谷川六

批評家でありダンサーでもある長谷川六さんが、『風のない子』の公演評を書いてくださいました。
以下、季刊 「ダンスワーク」2015秋号より転載

公演批評-長谷川六
田中誠司舞踏公演
風のない子

ホリゾントの中央に白い垂れ幕が揺れている。白い流木をイメージしたオブジェが4つ空中に揺れている。
かすかな、かすかな動き、微動は、生命体が耐えうる極限に誘うかのようだ。
「また生まれ変わる。」と、キャプションがチラシに書かれている。
高円寺の古本屋で、手が出るほど欲しかった土方巽と大野一雄の2冊の本は持ち金が足らずに買えなかったが、その2冊の本の間に挟まっていた写真集『風のない子』を手に入れて,生まれた作品だという。
「荒涼とした畦道を向こうに向かって歩いている後ろ姿の写真。直感的に戦場の写真だと思った。」と田中誠司は記す。

3場構成である。
「第一場後戸の神」(註:後戸(うしろ戸)とは仏堂の背後の扉を指す。)
舞台は完全な闇のなかにある。音も立てずに田中誠司は舞台手前のオブジェのそばに横たわり、やがてそれは誕生ともとれるよう微動し揺れて立つ。黒い着物を羽織り、髪を束ね、突き出し吐き出す情念のただなかで揺れる身体がある。

「第二場胎内」
薄く白塗りした裸体。直立で登場し、その周辺を微動に導く。空気を切るように動き、身体を折りたたみ伏せる。長い時間が伏せた身体の上にある。浮いた流木がかすかに揺れる。微動は胎内における浮遊なのだろうか。

「第三場父なるものへ」
田中誠司はフォークとナイフをそれぞれ手に持ち、黒いズボン、シャツの上に模様の入ったヴェストを着て登場する。中央には赤やピンクの造花の薔薇が盛り付けられて置かれ、オブジェが揺れて白く光る。彼はその鼓動に合わせるかのように揺れて立ち動くが、そのソムリエ風の風貌が崩れたかと思うと一転して、狂乱のるつぼに突入、造花を巻き散らし、オブジェを動かし、1本の紅い薔薇を持って螺旋の終末を迎える。
70分の見事な舞踏姿。

ディスクールを受けとる。ここに、この作品の特徴がある。田中の舞踏が日常の身体を提供するとする舞踏の特質のみで終始していないということだ。言語性は田中の舞踏の特質である。フーコー、を持ち出すもなく、ディスクールは、無意識のうちに制度や権力と不可分に結びついている。ここで感じるのは、その方向とともにディスクールが包含する神話性のようなものである。苦悩と栄光の永遠の資質、といってもよいだろう。

田中は2006年に大野慶人の門に入り、同時に最晩年の大野一雄と接して映像を遺している。その過程で接した大野一雄の持つ神話的存在は、大野の慈悲、寛容として田中誠司の身体にも刻み込まれている。
創作手段としての、3場に分かれた明快な構成は、観客の理解を促進し、距離を知覚するおおきな手段になっている。この作品における演劇的要素もまたそこで生かされている。

残像も特質である。フィギュアと内的感情の拮抗する造形が強く残るのである。長身を生かし昇天するかのようにフォークを突出し螺旋状に廻る田中誠司に顕われる狂気の瞬間。
それは去りゆく母への想いに突き動かされる身体にも見えた。

残像する舞踏。
田中は「神話的構造の中での人間の成長とイニシエーションの物語です。」とプログラムに書く。
刻印された田中誠司の像が空間に位置しさらに刻み込まれる。

2015年6月26-28日、d-倉庫
出演:田中誠司、照明:宇野敦子、音響・制作:田中庸平、舞台監督:呂師。
以上、ダンスワークより転載

※文中の写真集を手に入れるくだりは、現実の出来事ではなく、田中誠司が6年前に見た夢の中の話です。あと、フォークとナイフと書かれているのは、フォークとスプーンの誤りです。

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