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生まれてきて良かった

L夫人舞踏処女公演『余白の月』が無事に終了いたしました。
お立ち会い下さった満員のお客様、本当にありがとうございました!数多の試練を乗り越え、命がけで迎えた本番でしたが、とにもかくにも、たくさんの人たちに愛された、幸せな舞台であったと思います。

以下は、L夫人本人のコメントですが、本当のところは、偉そうに師匠役をやらせていただいている若輩のぼくの方が、舞踏においても人生においても、学ぶ事、はるかに多し、なのです。

(L夫人のことば)
田中誠司舞踏スタジオとの出逢いは4年弱前の秋9月。「高の原で遊ぼうプロジェクト」のインタビューで舞踏家田中誠司を取り上げたのがきっかけ。
それ以来私は、田中誠司の舞踏と、スタジオで夜な夜な繰り返される稽古の深さに魅せられ続けている。
そして、私には絶対無理!と思い続けてきた公演を、夏が訪れる前。63歳の梅雨の季節に何とか実現することができました。  
 公演をする!
そう決めた日から、師匠田中誠司との様々な激論が繰り返されました。
「女は原罪を血の匂いで感じるねん。」なんていう未熟な63歳の文学少女の言葉を、師匠が木っ端みじんに打ち砕く。「そんな言葉胸に刺されへんわ!今聞いてる僕にわからんようなもんで、観てくれた人に伝わるわけないよ。」
私の選んだ衣装が、亡き母の娘時代の着物だったことを、師匠と掘り下げる。抽象的なカッコつけた言葉が、ことごとく師匠に破られていく。それは本当に苦しい時間でした。
そして、裸になった私の口をついて出た言葉は、
「ショウガイを持って生まれてきて、私は辛かったよ。」と母に言ってみたかった。
「ショウガイを持って生活する娘の悲しみを受け止めて、おかあちゃんも辛かったね。」と母を抱きしめたかった。
そして、踊りのテーマ「つらかったよ。つらかったね。」が生まれたのです。
公演の4日前に癌の告知を受けるという、ありえない状況の中、迎えた公演当日。
リハもそこそこ横になる私。舞台の設営のために何時間もトンカチを打ち続ける師匠と仲間。東京の舞踏家から送られてきた励ましの花束。赤ちゃんを母親に預けて白塗りを手伝ってくれる仲間。受付をするため大阪から早めに会場入りしてくれる仲間。
そうして、舞台の幕が開いたのです。
その場に立ち会ってくださった沢山の人たちの愛に包まれて、本当に素敵な夜になりました。未熟な踊りを、それでも凝視するように見続け、そして、私の身体のもつ様々な記憶を受け止めて、涙してくださった人たちの愛を私は忘れることができません。
もちろん、踊りは未熟で緊張しまくりで、後悔しきりですが、皆さんのおかげで、我が人生最高の夜!になりました。
そしてやはり、この夜のすべては、誠司さんによって贈られた宝物だと感じています。厳しいご指導。身を粉にしての援助。いっぱいの師匠の愛を受けたと思っています。   
あの夜の時間の流れた温かいものに包まれて、この雨の降り続く夜、私は大げさではなく、生きることを素晴らしいことだ!と感じることができています。
生まれてきて良かったと。。。
あの公演を見てくださった方。見たいといってくださった方。
本当にありがとうございました。


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